論文 |
No. | 論文タイトル | 誌名(出版物名) | 巻 | 号 | 開始ページ | 終了ページ | 出版年月 | DOI | 査読の有無 |
1 | 『遊び保育』実践において子どもの個の理解はどの様に行われるか⑵─遊びの見取りを可能にする条件 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 13 | 35 | 54 | 2022年03月 | | 査読無し |
2 | 「遊び保育」実践において子どもの個の理解はどのように行われるか─群れとして展開される遊びの読み取りによる媒介 | 東京都市大学人間科学部紀要 | 12 | | 25 | 41 | 2021年03月 | | 査読無し |
3 | 一斉活動における「子ども文化」生成における困難とその克服─わらべうた遊びの輪の形はどのようにすれば維持されるか─ | 東京都市大学人間科学部紀要 | 11 | | 9 | 37 | 2020年03月 | | 査読無し |
4 | 幼児教育の方法に関する研究の動向と課題 | 教育方法(日本教育方法学会編) | 48 | | 123 | 135 | 2019年10月 | | |
5 | 「保育文化」としての手遊びの多様性⑵─身体によって形象化された絵描き歌─ | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 10 | 9 | 18 | 2019年03月 | | 査読無し |
6 | 「保育文化」としての手遊びの多様性─言葉遊びの身体的形象化 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 9 | 1 | 10 | 2018年03月 | | 査読無し |
7 | 保育実践における手遊びの意義─「保育文化」としての手遊びの重要性─ | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 8 | 23 | 36 | 2017年03月 | | 査読無し |
8 | 教育実践における正統的周辺参加の実現可能性─私立めばえ幼稚園のフィールドワークを通して | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 7 | 11 | 43 | 2016年03月 | | 査読無し |
9 | 近代教育制度における教職実践の一方向性克服の試み : 「遊び保育」における手遊び実践の意義 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 6 | 11 | 33 | 2015年03月 | | 査読無し |
10 | わらべうた遊び観の近代的変貌 : 現代における遊びの非伝承性 | 東京都市大学共通教育部紀要 = Journal of liberal arts and sciences at Tokyo City University | 8 | | 115 | 129 | 2015年 | | 査読無し |
11 | 保育実践研究としてのエスノグラフィーにおける「フィールド」とは何か(3)遊びの歴史性 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 5 | 9 | 25 | 2014年03月 | | 査読無し |
12 | 主体的学習におけるパフォーマンスと意味生成の関連性 : 小学校国語科における朗読の実践を中心として | 東京都市大学共通教育部紀要 = Journal of liberal arts and sciences at Tokyo City University | 7 | | 91 | 110 | 2014年 | | 査読無し |
13 | 保育実践研究としてのエスノグラフィーにおける「フィールド」とは何か(2)遊びに対する保育者の潜在的関係性 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 4 | 19 | 31 | 2013年03月 | | 査読無し |
14 | 保育実践研究としてのエスノグラフィーにおける「フィールド」とは何か─遊びの展開と保育者の関与の不可分性─ | 東京都市大学人間科学部紀要 | 3 | 1 | 15 | 32 | 2012年03月 | | 査読無し |
15 | 映像はいかにして保育者の反省的思考を促す装置となりうるか─「第三者による解釈」の必要性─ | 東京都市大学人間科学部紀要 | 2 | 1 | 13 | 34 | 2011年03月 | | 査読無し |
16 | 保育実践をフィールドとするエスノグラフィーとは何か | 子ども社会学研究(日本子ども社会学会) | 17 | 1 | 127 | 141 | 2011年 | | 査読無し |
17 | 遊びの援助における「見る」ことと「関わる」ことの関係性(2)第三者記録の必要性 | 東京都市大学人間科学部紀要 | | 1 | 1 | 18 | 2010年03月 | | 査読無し |
18 | 教育実践における「反省的思考」論の可能性の再検討 (2) : 実践事例の分析と考察 | 児童学研究 : 聖徳大学児童学研究紀要 | 12 | | 31 | 39 | 2010年03月 | | 査読無し |
19 | 教育実践における「反省的思考」論の可能性の再検討 (1) : 理論的考察 | 児童学研究 : 聖徳大学児童学研究紀要 | 11 | | 75 | 82 | 2009年03月 | | 査読無し |
20 | 遊びの援助における「見る」ことと「関わる」ことの関係性ー「見る」ことの「当事者的直観」からの峻別の必要性ー | 東横学園女子短期大学紀要 | 43 | 1 | 69 | 83 | 2009年02月 | | 査読無し |
21 | 教育実践における「反省的思考」論の再検討(1)—理論的考察 | 聖徳大学児童学研究所児童学研究 | 11 | 1 | | | 2009年 | | 査読無し |
22 | 担任教諭による小学校授業実践 学級全員が意欲的に取り組む合奏はいかにして可能か--ノリによるコミュニケーションを通して (特集 音楽表現における集団と個の関係を問い直す--響き合い,共鳴し合って育つ表現を求めて) -- (学校教育の中の共同表現) | 音楽教育実践ジャーナル | 6 | 1 | 59 | 70 | 2008年08月 | | 査読無し |
23 | 県立新潟女子短期大学付属幼稚園 樋口嘉代教諭の実践に学ぶ 逸脱児が集団の音楽活動に参加するようになるための教師力とはなにか--ノリを読み取り,ノリを喚起する教師力 (特集 音楽の教師力ってなに?--自己形成と継続的成長をめざして) -- (教師の学びと成長) | 音楽教育実践ジャーナル | 5 | 2 | 12 | 18 | 2008年03月 | | 査読無し |
24 | 逸脱児が集団の音楽活動に参加するようになるための教師力とは何か─ノリを読み取り、ノリを喚起する教師力─ | 音楽教育実践ジャーナル | vol.5 | No2 | 7 | 18 | 2008年 | | 査読無し |
25 | 学級全員が意欲的に取り組む合奏はいかにして可能かーノリによるコミュニケーションを通して | 音楽教育実践ジャーナル | Vol.6 | No.1 | 59 | 70 | 2008年 | | 査読無し |
26 | 幼児理解の観念性を問い直す─保育者は子どもの創り出すノリによる『子ども文化』とどう向き合うか─ | 関東教育学会紀要 | E | 32 | 13 | 25 | 2007年10月 | | 査読無し |
27 | 書評 別冊「環」(10)『子守唄よ、甦れ』--現代において子守唄はどのように論じられるべきか | 子どもの文化 | 38 | 7 | 71 | 74 | 2006年07月 | | 査読無し |
28 | 遊びの援助における『見る』ことと『関わる』ことの相互規定の要請─当事者性と第三者性の統合を求めて─ | 相川書房 スペース新社保育研究室 保育の実践と研究 | Vol.11 No.2 | E | 14 | | 2006年 | | 査読無し |
29 | 子守唄の近代的変貌─共同体のメッセージから童心主義へ─ | 小川博久教授退職記念論文集 日本女子大学小川研究室 | E | E | 10 | | 2005年 | | 査読無し |
30 | 現代社会における『子ども文化』成立の可能性─近代学校教育制度における教育実践を超える試みを通して─博士(学術)学位論文 | 日本女子大学人間生活学研究科人間発達学専攻 | E | E | 235 | | 2005年 | | 査読無し |
31 | 子どもの遊び展開の相違を生みだす保育者のかかわりについて―「子ども文化」生成の条件―  | 日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科 | 9 | 9 | 33 | 41 | 2003年03月20日 | | 査読無し |
32 | 子守唄とは何か−共同体のメッセージとしての寝させ唄− | 記号学研究第22号(日本記号学会) | E | 22 | 11 | | 2002年 | | 査読無し |
33 | 子守唄とは何か-- テキスト解釈のあり方を通して | 子ども社会研究 | | 7 | 3 | 15 | 2001年 | | 査読無し |
34 | 保育における長期指導計画とは何か−集合的記憶としての生活の流れ− | 日本音楽教育学会30周年記念論文集『音楽教育楽研究2』(日本音楽教育学会) | E | E | 15 | | 2000年 | | 査読無し |
35 | 『子ども理解』と『援助の方法』の関係性−従来の子ども論における理解と方法の分離とその問題− | 小田原女子短期大学紀要 | E | 27 | 6 | | 1996年 | | 査読無し |
36 | 子どもの表現と保育者の価値観 | 建帛社、季刊保育研究 | Vol.15、No.1 | E | 16 | | 1994年 | | 査読無し |
37 | 保育者の音楽観と子どもの音楽的表現 | 建帛社、季刊保育研究 | Vol.13、No.4 | E | 10 | | 1993年 | | 査読無し |
38 | 『子どもの表現』としての音声表現 | 音楽之友社、季刊音楽教育研究 | E | 56 | 11 | | 1988年 | | 査読無し |
39 | 「幼児の音声表現におけるパターンの意味−言語的表現と歌唱的表現−」 | 東京芸術大学大学院音楽研究科修士論文 | E | E | 112 | | 1988年 | | 査読無し |
講演・口頭発表等 |
No. | 講演・口頭発表タイトル | 会議名 | 発表年月日 | 主催者 | 開催地 |
1 | 豊かな響き合いを育くむために〜音楽活動の原点を見直す視点から | 新宿区幼稚園協会 | 2915年02月12日 | 新宿区幼稚園協会 | 東京 |
2 | 歌あそび〜わらべうたと集団づくり | 61回北海道私立幼稚園教育研究大会札幌ブロック大会、第50回札幌市私立幼稚園教育研究大会 | 2018年10月19日 | 北海道私立幼稚園教育研究大会札幌ブロック、札幌市私立幼稚園協会 | 北海道 |
3 | 響き合うわらべ歌遊び | 千葉県東葛地区公立幼稚園教諭対象の研修会 | 2018年07月30日 | 千葉国公立幼稚園こども園協会 | 千葉 |
4 | 保育における手遊び・おまいりの意義 | 第35回全国仏教保育愛知大会 | 2018年07月28日 | 愛知県仏教保育協会 | 名古屋(愛知学院大学名城キャンパス) |
5 | 保育における幼児の音楽表現を考える | 浦安市幼児教育実践講座 | 2018年05月29日 | 浦安市教育委員会 | 千葉 |
6 | 一斉活動における「子ども文化」の創成─わらべうた遊びの活動を通して─ | 日本保育学会第71会大会 | 2018年05月12日 | 日本保育学会 | 仙台(宮城学院大学) |
7 | 保育者の「見え」の内容理解と援助の方向における問題点⑴─新人保育者の実践映像記録の分析から─ | 日本保育者養成教育学会第2回大会 | 2018年03月04日 | 日本保育者養成教育学会 | 東京(共立女子大学) |
8 | クラスにおける子どもの主体性はいかに確立されるか~クラス集団における応答的同調としての当番活動~ | 日本保育者養成教育学会第2回大会 | 2018年03月04日 | 日本保育者養成教育学会 | 東京(共立女子大学) |
9 | 保育者の「見え」の内容理解と援助の方向における問題点⑵─新人保育者のインタビュー分析から─ | 日本保育者養成教育学会第2回大会 | 2018年03月04日 | 日本保育者養教育学会 | 東京(共立女子大学) |
10 | 響きあう関係を育てるために─音楽活動を通して | 船橋市保育研修 | 2017年11月14日 | 船橋市 | 千葉 |
11 | 響きあう関係を育てるために─音楽活動を通して─ | 浦安市幼児教育実践講座 | 2017年10月20日 | 浦安市教育委員会 | 千葉 |
12 | 「ナラティヴ・ラーニング」の適用可能性─幼児教育における物語生成前段階の重要性─ | 日本教育方法学会第53会大会 | 2017年10月08日 | 日本教育方法学会 | 千葉(千葉大学) |
13 | 「個の幼児理解」を前提とする現行の保育理論を問う─クラス集団の遊びを保育する実践者の立ち位置から─ | 日本教育方法学会第53会大会 | 2017年10月07日 | 日本教育方法学会 | 千葉(千葉大学) |
14 | 人と人のつながりを育むために──自由遊びと一斉場面の連続性を考える | 東金市保育研修 | 2017年08月30日 | 東金市市民福祉部 | 千葉 |
15 | 「保育文化」としての手遊びの多様性⑵─身体による形象化としての絵描き歌─ | 日本保育学会第70会大会 | 2017年05月20日 | 日本保育学会 | 岡山(川崎医療福祉大学) |
16 | 保育者の「身体知」獲得におけるウェアラブルカメラの可能性─保育者の「見え」の成立を可能にする条件─ | 日本保育者養成教育学会第1回大会 | 2017年03月05日 | 日本保育者養成教育学会 | 東京(白百合女子大学) |
17 | 豊かな響き合いを育むために─音楽活動を通して | 江戸川区幼稚園協会研修 | 2016年12月07日 | 江戸川区幼稚園協会 | 東京 |
18 | 響き合う関係を育てるために─音楽遊びを通して | 京都府保育協会研修 | 2016年11月29日 | 京都府保育協会 | 京都 |
19 | 保育における表現を問う─共同性の根源にあるもの─ | 公開講座めいトーク2016 | 2016年11月19日 | 千葉明徳短期大学 | 千葉(明徳短期大学) |
20 | 一緒に表現する活動を考える─共同性の根幹にあるもの | 千葉明徳短期大学公開講座 めいトーク2016 | 2016年11月17日 | 千葉明徳短期大学 | 千葉 |
21 | 保育施設に於ける遊び集団の凝集性は如何にして生成するか─『遊び保育論』の批判的検討── | 日本教育方法学会第52会大会 | 2016年10月02日 | 日本教育方法学会 | 福岡(九州大学) |
22 | 今、わらべうたを実践する意義─響き合う関係の復権をめざして | 幼児音楽研究会大133回例会基調講演 | 2016年09月18日 | 幼児音楽研究会 | 東京 |
23 | 音楽遊びで育てたい力 | 京都府保育協会研修 | 2016年08月01日 | 京都府保育協会 | 京都 |
24 | 現代において「子ども社会」の再生は可能か─保育施設における子ども集団の創成に向けて─ | 日本子ども社会学会第23回大会 | 2016年06月04日 | 日本子ども社会学会 | 沖縄(琉球大学) |
25 | 「保育文化」としての手遊びの多様性─言葉遊びの身体的形象化─ | 日本保育学会第69回大会 | 2016年05月07日 | 日本保育学会 | 東京(東京学芸大学) |
26 | 遊び保育の充実を目指してーからだの響き合いを通したクラス作りを通して | あま市美和保育園公開保育講演 | 2015年11月06日 | あま市美和保育園 | 愛知県あま市 |
27 | 現代学校教育システムの分業化の論理の克服は可能か(3)- 私立めばえ幼稚園における通過儀礼としてのお誕生会の分析を通して - | 日本教育方法学会第51回大会 | 2015年10月11日 | 日本教育方法学会 | 岩手(岩手大学) |
28 | 響き合う関係を育てるためにー音楽遊びを通して | 京都府保育協会研修 | 2015年07月17日 | 京都府保育協会 | 京都 |
29 | 保育実践における手遊びの意義─「保育文化」としての重要性 | 日本保育学会第68会大会 | 2015年05月 | 日本保育学会 | 愛知(椙山学園大学) |
30 | 「幼稚園教育におけるわらべうた実践の意義 | 浦安市立富岡幼稚園父兄会 | 2014年12月15日 | 浦安市立富岡幼稚園父兄会 | 東京 |
31 | 園生活における音楽活動の意義 | 江戸川区立篠崎幼稚園公開保育 | 2014年11月18日 | 江戸川区立幼稚園協会 | 東京 |
32 | 現代学校教育システムの分業化の論理の克服は可能か─私立めばえ幼稚園のフィールドワークを通して ─ | 日本教育方法学会第50回記念大会 | 2014年10月12日 | 日本教育方法学会 | 広島(広島大学) |
33 | 音楽遊びで育てたい力 | 京都府保育協会研修 | 2014年08月01日 | 京都府保育協会 | 京都 |
34 | 自発性と仲間意識の形成におけるわらべうた遊びの意義─逸脱児がクラスに位置づくための集団的関与の重要性─ | 日本保育学会第67回大会 | 2014年05月17日 | 日本保育学会 | 大阪(大阪総合保育大学) |
35 | 近代教育制度における教職実践の一方向性克服の試み─保育者のふるまいへの提案 | 日本教育方法学会第49回大会 | 2013年10月17日 | 日本教育方法学会 | 埼玉(埼玉大学) |
36 | 伝承遊びの再生はいかにして可能か⑵ | 日本保育学会第66回大会 | 2013年 | | |
37 | わらべうた遊び観の近代的変貌─現代における遊びの非伝承性─ | 日本保育学会第66回大会 | 2013年 | | |
38 | 伝承遊びの再生はいかにして可能か⑴ | 日本保育学会第66回大会 | 2013年 | | |
39 | 主体的学習におけるパフォーマンスと意味生成の関連性 | 日本教育方法学会第48会大会 | 2012年 | | |
40 | 保育研究における「フィールド」とは何か⑶─遊びの歴史性─ | 日本保育学会第65回大会 | 2012年 | | |
41 | 保育研究における「フィールド」とは何か⑵─遊びに対する保育者の潜在的関係性─ | 日本保育学会第64回大会 | 2011年 | | |
42 | 学級活動における儀式性と演技性の意義─学習の「主体性」確立の土台として─ | 日本教育方法学会第47回大会 | 2011年 | | |
43 | 歴史的アプローチによる子ども社会研究の可能性を探る | 日本子ども社会学会第17回大会 | 2010年 | | |
44 | 保育研究における「フィールド」とは何か─遊びの展開と保育者の関与の不可分性─ | 日本保育学会第63回大会 | 2010年 | | |
45 | 学級活動から演劇的表現活動へ─ノリの連続性とその発展を通して─ | 日本教育方法学会第46回大会 | 2010年 | | |
46 | 保育研究における「フィールド」とは何か─遊びの展開と保育者の関与の不可分性─ | 日本保育学会第63回大会 | 2010年 | | |
47 | 幼児期の人間形成基盤は学校教育においていかにして連続しうるか | 日本子ども社会学会第17回大会 | 2010年 | | |
48 | 第三者記録としての映像記録の意味 | 日本保育学会第62回大会 | 2009年 | | |
49 | 遊びの援助とは何か | 日本保育学会第61会大会 | 2008年 | | |
50 | 教授─学習活動の一方向的コミュニケーションを克服する試み─教授─学習活動と学級活動の連続性の視点 | 日本教育方法学会第44回大会 | 2008年 | | |
51 | 遊びの援助における「見る」ことと「関わる」ことの関係性ー第三者記録の必要性ー | 日本保育学会第61会大会 | 2008年 | | |
52 | E | E | 2007年 | | |
53 | E | E | 2007年 | | |
54 | 遊びの援助における「見る」ことと「関わる」ことの関係性─「見る」ことの「当事者的直観」からの峻別の必要性─ | 日本保育学会第60回大会(十文字学園大学) | 2007年 | | |
55 | 学力差を超えた人間関係づくり─「いじめ」機制を抑制する学級経営─ | 日本教育方法学会第43回大会(京都大学) | 2007年 | | |
56 | 教育実践における「反省的思考」の可能性─D.ショーンの「反省的思考」論の批判的考察 | 日本教育方法学会第43回大会(京都大学) | 2007年 | | |
57 | E | E | 2007年 | | |
58 | E | E | 2006年 | | |
59 | 遊びが規範形成過程に及ぼす意義─伝承遊びの構造と事例の分析を通して─ | 教育哲学会第49回大会(東京大学) | 2006年 | | |
60 | 保育実践を対象とする映像記録には何が記録されるべきか─社会構成主義的観点から─ | 日本教育方法学会第42会大会(福島大学) ワークショップ「保育のビデオ記録の撮り方と解釈をめぐって─保育記録の理解の問題として─」 | 2006年 | | |
61 | E | E | 2006年 | | |
62 | 遊びの援助における「見る」ことと「関わる」ことの相互規定の要請─当事者性と第三者性の統合を求めて─ | 日本保育学会第59回大会(浅井学園大学) | 2006年 | | |
63 | E | E | 2006年 | | |
64 | 教育論としての“居場所”論を検討する | 教育哲学会第48回大会(香川大学) | 2005年 | | |
65 | 「問題児」がクラス集団に位置づくことを可能にするもの─I小学校の実践との比較を通して─ | 日本子ども社会学会第12会大会(大阪市立大学)ラウンドテーブル「近代学校教育は集団と個の関係をどうとらえてきたか─逸脱児をめぐるある教師の実践をめぐって」─ | 2005年 | | |
66 | 学級集団における子ども一人ひとりの内的秩序感覚成立の条件について | 教育方法学会第41回大会(鹿児島大学) | 2005年 | | |
67 | E | E | 2005年 | | |
68 | E | E | 2005年 | | |
69 | E | E | 2005年 | | |
70 | 「幼児理解」の観念性を問い直す─保育者は子どもの創り出すノリによる「子ども文化」とどう向き合うか─ | 日本保育学会第58回大会(大妻女子大学) | 2005年 | | |
71 | E | E | 2005年 | | |
72 | 209 「子ども文化」と人間関係の相互媒介性(口頭発表II(保育内容I1)) | 日本保育学会大会発表論文集 | 2004年 | | |
73 | 学校教育における「子ども文化」再生の可能性 | 教育哲学会第47回大会(横浜国立大学) | 2004年 | | |
74 | 子ども文化」の成立─人間関係との相互媒介性を通して─ | 日本保育学会第57回大会(神戸親和女子大学) | 2004年 | | |
75 | 大正期の童話・童謡運動を「児童文化」の成立ととらえることは可能か | 日本子ども社会学会第11会大会(九州大学) | 2004年 | | |
76 | E | E | 2004年 | | |
77 | E | E | 2004年 | | |
78 | E | E | 2004年 | | |
79 | 保育における「子ども文化」生成を媒介する文化財の役割─絵本の造形的表現とノリの関係性─ | 日本教育方法学会 第39回大会(滋賀大学) | 2003年 | | |
80 | 幼稚園における幼児の遊びの集団性と個のかかわり─遊びの実践と研究をめぐって─ | 日本子ども社会学会第10回大会(筑波大学) | 2003年 | | |
81 | E | E | 2003年 | | |
82 | E | E | 2003年 | | |
83 | E | E | 2003年 | | |
84 | 293 「子ども文化」生成の過程 : 「保育文化」との関連から | 日本保育学会大会発表論文集 | 2003年 | | |
85 | 「子ども文化」生成の過程─「保育文化」との関連から─ | 日本保育学会第56回大会(静岡県コンベンションアーツセンター) | 2003年 | | |
86 | 子どもの遊び展開の相違を生み出す保育者のかかわりについて−「子ども文化」生成の条件− | 日本保育学会第55回大会(武蔵野女子大学) | 2002年 | | |
87 | 235 子ども遊びの展開の相違を生み出す保育者のかかわりについて : 保育者と子どもの関係性における笑いの分析を通して | 日本保育学会大会発表論文集 | 2002年 | | |
88 | 子守唄の近代的変貌−共同体のメッセージから童心主義へ− | 日本子ども社会学会第9回大会(岡山大学) | 2002年 | | |
89 | 教師の対幼児コミュニケーションにおける「ノリ」の意味−意味的世界共有の前提として− | 日本教育方法学会第38回大会(日本女子大学) | 2002年 | | |
90 | E | E | 2002年 | | |
91 | E | E | 2002年 | | |
92 | E | E | 2002年 | | |
93 | 子どもの表現に対する援助の恣意性を問い直す−幼児の劇的表現の援助における教材解釈論の重要性− | 日本教育方法学会第37回大会(岡山大学) | 2001年 | | |
94 | 幼児の主体性を保障する教材研究とは何か−幼児理解における教材解釈論の重要性− | 日本子ども社会学会第8回大会(明治学院大学) | 2001年 | | |
95 | 289 幼児の主体性を保障する教材研究とは何か : 幼児理解における教材解釈論の重要性 | 日本保育学会大会研究論文集 | 2001年 | | |
96 | E | E | 2001年 | | |
97 | E | E | 2001年 | | |
98 | E | E | 2000年 | | |
99 | 子守唄とは何か−テキスト解釈のあり方について− | 日本子ども社会学会第 7回大会(広島大学) | 2000年 | | |
100 | 一緒に歌う活動をどうとらえるか−集団の中の個をとらえる視点と「集合的記憶」− | 日本音楽教育学会(エリザベト音楽大学) | 1999年 | | |
101 | E | E | 1999年 | | |
102 | 子ども理解と関係性−個を重視するための条件を考える手がかりとして− | 日本音楽教育学会第5回音楽教育ゼミナールシンポジウム「音楽教育の理念を作る」 | 1995年 | | |
103 | E | E | 1995年 | | |